寂しいと淋しいの違い

「寂しい」と「淋しい」。どちらの漢字を使うのか迷ったことはありませんか?

その違いは何でしょう。

「さみしい」?「さびしい」?

読み方にも迷うことがありますよね。どちらでも間違いではないです。

由来としては、万葉集の時代に多く使われた「さぶし」が、平安時代になって「さびし」となり、それが中世末期ごろから「さみし」と変化して、「さびし」と並んで用いられたようです。

現代でも両方の形が用いられますが、古くから使われた「さびしい」を標準語形と見る考え方が多いようです。

漢字の意味の違い

よくお通夜の席などで使うのが、「おさびしゅうございます」。

その場合の漢字は、「淋しい」方ですね。

一人ぼっちでふとさびしくなった時には「寂しい」がふさわしいかと思います。

字の違いでのイメージでは、「寂しい」はひたひたと感じる孤独で、「淋しい」はもっと切々とした悲しみを伴った孤独といった感じでしょうか。

人は誰でも一人で生まれ、一人で死んでいきます。でも、生きている間は、寂しい気持ちや淋しい出来事に弱いですね。だから、もう心が離れていても、別れる決断ができず不毛な結婚生活や惰性での対人関係を続けてしまいます。

ひとりで生きるってみじめだという思いが強いのでしょうか。失恋の痛みで泣きながら感じるのは「淋しい」感情で、痛みが消えてその後感じる孤独は、「寂しい」という違いがあるかと思います。

また、さびしいという感情は人間だけでなく、犬や猫にもあるようです。人が癒しを感じるペットへの愛着は、ペット側にも通じるのです。まさに以心伝心ですね。

注いだだけ愛情が伝わるのです。飼い主が死んだりいなくなった時、ペットの心にもさびしさを禁じえません。家族同然ですものね。

もちろんペットロスという言葉があるように、大切にかわいがっていたペットが死んだとき、人はたまらなくさびしい(淋しい)思いで失意に落ちます。

生まれた時から世界でまるきり一人だったら、孤独という感情を感じないかもしれません。でも大勢の見知る人の中で自分だけひとりぼっちだったら、話しかけても無視されてしまったら、人はさみしくて(寂しい)そのさびしさを埋めるためにギャンブルや依存などの、いわゆる嗜癖(しへき)行動を取るようになるでしょう。

嗜癖とは、止めようと思いながらも止めることのできない悪い習慣のことです。摂食障害や買い物依存、ネット・ゲーム依存、痴漢、万引きなども含まれます。

さびしさを感じるのは当たり前のこと

歌の文句にも「さみしい」「さびしい」はよく出てきます。さびしいという感情に気づくと、自然と涙が出てしまうものかもしれません。その心の内に蓋をして気丈に振る舞うこともできますが、たぶん、ありのままの感情を明らかにする方がひずみがありませんね。

正直に生きることは時に深い痛みを伴います。傷つけられても自分は平気だと強がっても、身体と心は正直です。いろんな弊害に苦しまないよう、心の動きに敏感になり、常に「いま、ここ」の感情アンテナを張り巡らせておきましょう。

そうすれば気持ちを抑え込んだ挙句、ふつふつと湧き上がる痛みに苦しみ、怒りだけに翻弄され自爆することもありません。

人は皆弱いものです。さびしいという気持ちになるのは、きっと人との絆とふれあいを心から望んでいるからでしょう。

「さびしいよ」と口に出し訴えることは、決して恥ずかしいことでなく当たり前の感情です。

違いポイントまとめ

  • 「淋しい」は切々とした悲しみを伴った孤独。失恋の痛みで泣きながら感じる孤独や、人に話しかけて無視された時などの感情的な喪失感。
  • 「寂しい」はひたひたと感じる孤独。失恋の痛みが消えてその後感じる孤独や、大事な人亡くした後の孤独感。

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